ニュースレター第76号「研究の現場から」

コロナ禍で変わる民族観光 森園奈央

2022/02/05 13:02
広報委員会

  

  

 2019年末に始まった新型コロナウイルスの世界的な蔓延は、観光産業に大きな影響を与えた。観光産業はこれまでも、2001年に発生した米国同時多発テロや、2003年のSARSの蔓延、2008年の世界金融危機などの影響を受け、一時的には大きく低迷したものの、いずれも半年から一年以内に復調し、その後は順調な成長を果たしてきた。しかし、新型コロナウイルスによる渡航制限は約2年にわたり、今もなお続いている。2020年の国際観光客数は、約3億9000万人に留まり、前年に比べて10億人以上も減少し、これによって、観光にかかわる1億人以上の雇用が脅かされていると言われている。最近になって、国際観光の再開が一部の国や地域で漸く段階的に進められるようになり、2021年の国際観光客数は緩やかな上昇を見せるようになった。しかし、それと同時に、相次いで出現する変異株を伴った感染爆発が頻発し、国際観光の復興を見通すことが、再び困難になってきている。 

 このような状況を反映して、国内観光、特に近場で観光を楽しむマイクロツーリズムの需要が高まり、身近な地域の文化を改めて見つめ直し、体験することに注目が集まるようになった。また、オンラインで海外旅行や買い物などを楽しむヴァーチャルツーリズムが活性化したことは、ヴァーチャルな時空間の中であるにせよ、ホストとゲスト(観光客)との個別的なやりとりや、交流を行うことを可能にし、観光客はこれまで以上に「身近な」体験が、容易にできるようになった。一方、皮肉なことに、観光客が激減したことによって、観光地の環境が回復するなどのメリットが生じたことが世界中で報告され、生態系を破壊しかねない従来の観光のあり方に対する懐疑的な見方が、より一層強くなりつつある。このように、コロナ禍での世界的な状況は、人々の行動や価値観を再考させ、観光の新たな魅力を拓く好機となり得る可能性も窺わせている。 

 観光のあり方や需要はますます多様化しているが、民族観光も大きな岐路に立たされている。「民族観光(ethnictourism)」という言葉が初めて使用されたのは、1977年にヴァーレン・スミスらによって出版されたHosts and Guests(邦題:『ホスト・アンド・ゲスト:観光人類学とはなにか』)でのことであった。ここで民族観光は、「先住民や、しばしばエキゾティックな人々の「風変りな」風習などによって特徴づけられるような観光」のことだとされており、その後も多くの場合、民族観光は、観光をする側の視点からのみ定義されてきた。 

 これまで民族観光は、主にホストが住む村や家への訪問を通じて、民族文化を外国人観光客に見せることを中心に行われてきた。そのため、ホストとなる民族の人々は、外見的な文化的慣習だけでなく、個人の姿や生活そのものにまでも、「エキゾティックであること」や「風変りであること」が観光客から期待され、好奇のまなざしの標的となってきた。民族観光の需要が高まり、観光客の獲得競争が激しくなると、観光客の期待に沿えるように、民族の文化や生活に脚色がなされるに至り、結果的にホストとなる人々のアイデンティティが傷つけられてしまうという問題が、多くの国や地域で生じてきた。問題の背景には、対象となる民族の多くが経済的に困窮しており、政府や国際協力団体などが経済支援の一環として民族観光を導入し、多くの観光客が訪れるよう支援してきたことがある。経済的な豊かさを観光産業に大きく依存するようになったホストの人々は、観光客や旅行会社などに従属せざるを得なくなり、観光の南北問題と呼ばれるような構図が生じることとなってしまったのである。意に反した文化変容などのデメリットをホストとなる民族が被る一方で、国際観光客が訪れることによる経済的なメリットは権力を握る国や事業者が享受できるため、この種の問題は未解決のまま、長い間真剣に向き合われてこなかった。 

 しかし、民族観光の現場も、国際観光が停滞しているコロナ禍においては特に厳しい状況が続いており、多くの施設や観光村は閉園や廃村化などの危機に見舞われている。一方で、先にも述べたように、身近な地域へ改めて注目が集まるようになったことや、様々な体験が、インターネットを通じてより手軽に行われるようになったことは、観光客が、観光を通じて新たな気づきを得られるような、質が高く、本物性のある体験を求める傾向を強めたとも言える。このような傾向は、民族観光が、観光客の欲求に合わせて脚色を加えた民族文化を単に見せるだけの観光から脱却し、ホストとゲストが互いに学び合い、文化の豊かさを享受できる観光へと、その姿を変えることを推進する好機とも言える。そのためにはまず、ホスト自身やそれを支える国や団体が、これまでのように観光における「成功」を経済的な指標でのみ測るのではなく、文化・社会的にも様々な尺度をもった「豊かさ」の観点から観光のあり方を捉える必要がある。その上で、ホスト自身が自民族のアイデンティティを明確にし、自然観をはじめ自らの文化的特質を、ゲストに「正当に」見てもらえるように働きかけることが重要となり、ゲストもそれを「正当に」理解することが必要となる。 

 民族観光は本来、人と人とが出会い、それぞれがもつ世界観への理解を互いに深め合い、人間と自然の関係や世界に関する認識は、民族や文化によって異なる豊かなものであることを学ぶ機会となるものである。言い換えれば、豊かさや成功は多元的であるということへの気づきを生むことにその意味がある。近年、深刻化する地球と人類の危機的状況に対応すべく、SDGsへの取組みが叫ばれるなど、新たな価値観と行動が求められてきている。民族観光は、それに対応できる心構えを養う可能性をもっている。観光が再び活性化した時に、民族観光が本来のもつべき、多様性を照らし出す光を取り戻すことを期待したい。 

                                              以上