ニュースレター第67号巻頭言

インドネシア的思想と人類の共存 加藤久典

2016/10/11 11:19
広報委員(宮嶋)

 インドネシアのスマトラ島の南にパレンバンという町がある。7世紀から11世紀ころに栄えたシュリーヴィジャヤの中心であったという。今では人口の9割がムスリム(イスラーム教徒)というインドネシアだが、シュリーヴィジャヤは仏教国だった。当地に数年滞在したという唐の僧義浄の記録によると、千人もの仏教徒が学ぶ大規模な僧院もあったという。 

 その後、インドネシアにイスラームが伝播し15世紀ころから.イスラーム朝が出現してくる。仏教は少数派の宗教となった。現在パレンバンでは、仏教寺院をみることはほとんどない。しかし、それと見間違うような建物がある。イスラームのモスクで、仏教的建築様式で建てられているのだ。まさに文化の融合の象微である。その後イスラームは多数派宗教として後に続く王朝の中心的役割を果たし、少数派宗教は政治の表舞台から姿を消した。しかし文化的視点からみると、つまり人々の実生活においては異なったものが見事な共存を果たしていた。 

 1990年代の半ばアメリカの政治学者サミュエル・ハンティントンが「文明の衝突」を著して、大きな議論を巻き起こした。イスラームに対しては、人権や自由に対する態度が西欧のそれとは根本的に異なると主張したのだ。イスラームの原理は、神権政治(theocracy)を是とする。この点ではイスラームが西欧的世俗政治と相いれないというのは妥当な理解だろう。しかしながら、我々が思い出さなければならないのは、市井の人々がイスラームの原理とはまた別の次元で、日々の暮らしの中で教義を柔軟に解釈し、異なるものとの文化的共存を果たしているということだ。インドネシアにはこのような例を数多くみることができる。 

 宗教的原理がいかに強固なものであっても、やはり人間は現実生活の中でさまざまに暮らしを展開してきたことを思い出さずにはいられない。イギリスの作家V,S.ナイポールが『イスラーム再訪』の中で書いた「宗教や文化の純粋性などというのは原理主義者の幻想にすぎない」という言葉は鋭く人間社会を観察した結果なのではないだろうか。 

 『文明の衝突』に先立つこと数年前、アメリカの日系政治学者のフランシス・フクヤマはソ連邦や東欧の共産・社会主義国家の崩壊のころ「歴史の終焉』を著し、西欧的民主主義が歴史の最終段階であると断じた。そして2017年にはアメリカ合衆国にトランプ大統領が誕生した。多数決による選挙による結果だ。トランプ大統領が今後どのような政治を行うかは時を待たねばならないが、今私たちにわかっていることは、アメリカ社会が分断され、偏狭な国家主義が台頭しているということだ。 

 もちろん、選挙による議会制民主主義が、民意を反映し公正な政治を行うための有効なシステムであることには変わりがない。しかし、それは唯一にして最善のシステムであると断言していいのだろうかと考えることがある。インドネシアには、34の州がある。その中の一つ、中部ジャワの歴史的遺産を.多く抱える古都ジョグジャカルタ特別州の知事は、近世マタラム朝の王家の血を引くジョグジャカルタのスルタンが務めている。しかし、このスルタンは「民主的選挙」によって選ばれたのではない。スルタンがそのまま知事に任命されるのだ。 

 ジャワにはクジャウェンと呼ばれる伝統的な思想が存在する。クジャウェンには、イスラームや仏教、ピンズー教、そして十着的信仰の思想が混在し、人間のあり方に深い示唆を与えている。スルタンは、独自の属性を持ち聖なる世界と俗なる世界のバランスをとる存在として理解される。ジャワの人間にとって、聖なる者と人間との媒介者としてのスルタンが、俗なる政治にかかわることは至極当然のことなのだ。スルタンの行為はその属性に規定され、それが故倫理観や寛容性を欠く独裁や悪政は起こりえないという。 

 こういった思想は、植民地の時代には「未開なるもの」「非文明的なもの」として打ち捨てられてきた。しかし、混沌さを増す現代の世界において、インド.ネシアにみられるような忘れられた文化の融合や政(まつりごと)のあり方を再検討することは、決して無駄ではない。社会が弁証法的に発展するとするならば、一つの検討すべき「反」の要素として加えることができるからだ。このような忘れられた文明に対し開かれた態度でその再発見に努めることは、人類の共存の可能性を探ることでもある。比較文明学会の存在意義をここにも見出すことができるのではないだろうか。 

                                         (中央大学)