ニュースレター第71号巻頭言

学知の通訳 山下範久

2021/03/10 19:48
広報委員(宮嶋)

 今年の三月に編著『教養としての世.界史の学び方』を刊行した。二年半にわたる学際研究プロジェクトの成果である。同プロジェクトは「「大分岐』と『大収敏』:アジアからの世界史像の再構築」という名称で、私の所属大学である立命館大学で新たに発足したアジア・日本研究所の研究プログラムの第一期プロジェクトのひとつとして実施されたものだ。 

 ポピュリズム化する政治、格差の拡大が加速する経済、一国主義化する国際関係、事実の所在がますますわからなくなる公共圏、そして他者への不寛容に染まる世論など、私たちが日々接するニュースは、民主主義、自由と平等と連帯の調和、国際協調、統治の透明性、そして人権の普遍化といった近代社会の達成が、オセロのコマを返すように覆されていく光景を映し出している。かつて「近代への隈疑」といえば、近代が実現した豊かさなどの背後で犠牲になったものへ目を向けようとする批判的態度を指すことが普通であったが、いまや近代社会がその達成を維持しきれずにむしろ自壊しつつある現実を直視することのほうが差し迫った批判意識であるとさえいえよう。 

 上のプロジェクトは、社会科学が依然としてヨーロッパの歴史の抽象化を土台に近代社会を概念化する枠組みから脱していないこと、いわばその暗黙の歴史観ゆえに近代が自壊しつつあるようにみえる現代を捉えそこねているのではないかという問題意識から構想されたものだ。歴史学にくわえて、政治学、経済学、社会学、国際関係論、哲学、文学から.メンバーを集め、座長の私を含めて11名のチームを編成し、社会科学教育における世界.史リテラシーの教科書を作ることを目標とした。チーム編成において留意したのは、非ヨーロッパ社会をフィールドとする、東西比較の方法をとる、あるいはヨーロッパをより広い空間的文脈に置くアプローチをとるなど、なんらかヨーロッパを相対化する視角を持ち、そうした相対化から得られる知見の理論化に意欲を持つメンバーを集めることであった。 

 幸いにもプロジェクトの成果をかたちにすることができたのは、ひとえにメンバーの先生方が私の言語化できる以上にプロジェクトの趣旨をご理解くださり、おしみなく識見を共有してくださったからにほかならない。ただ、もし私の果たした役割があるとすれば、デ.イシプリナリな背景の異なる先生方の問でコミュニケーションの交通整理を行ったことは挙げてもよいかもしれない。学際プロジェクトでは、同じ言葉もしばしば異なるコノテーションを帯び、議論の方向感の共有が困誰になって空中分解しやすい。私は、くりかえし初発の問題意識をさまざまに言い換えながら、一方でメンバーの先生方にプロジェクトのゴールのイメージが宿るのを待ち、他方でメンバーの先生方からのフィードインを他のメンバーのみなさんと共有して消化するための言葉を探そうと努力した。いわば、学知の通訳が私の役割であったといえるかもしれない。 

 考えてみれば、比較文明学会は、もともと文理の別をもまたいだ学際学会として構想され、設立されたフォーラムであった。その意味では、ラディカルな学知の通訳の実践と育成の場として立ち上げられた学会といってよいであろう。専門の高度化にともなう学会の細分化が問題となってきているなかで、間口が広く風通しのよい学際学会の存在の意義は、たとえそれが反時代的にみえたとしても、決して小さくないはずだ。 

 冒頭の拙編は、近代的歴史記述を史学史的に総括する第一部、従来の世界史の前提となっている空間認識を生態史観の再導入や構築主義的分析などさまざまなアプローチで再考する第二部、そして市場や国家など通歴史的に用いられる社会科学の某礎概念を取り上げ、時代と地域をまたいでその意味を検討する第三部で構成されている。三つのパートを通じて、近代を目的視する歴史記述を解除し、これまで単一的に近代と呼ばれてきたものを、より.多元的・多系的な過程として捉え返すパースペクティブを打ち出す作品となった。もっとも理論的主張としては一定の方向とまとまりを持たせることはできたと思う反面、アジアに軸足を置くプロジェクトを母体としたこともあって、スラブ圏やアフリカなどを主題化して論じることはできず、テキストとしては、あくまで世界史のリテラシーを身につけるための例示的導入にとどまるものとなった。 

 この課題を引き継ぐには、より横断的な地域的専門からの知見を得るだけではなく、進化生物学や認知科学、さらには情報技術の発展にともなうポスト・ヒューマンな社会を展望する視座を文理の垣根を越えて検討する必要がある。それこそ比較文明学的な展開が求められているのだ。すでに後継のプロジェクトへ向けて、いくつかの小企画を進めているが、おそらく単にそれらを維り合わせて単独のプロジェクトとするよりも、むしろ本学会のようなプラットフォームを通じて、他のプロジェクトとのネットワークのなかへ開かれていってこそ、この課題はよりよく追求されよう。学知の通訳の本領もそこにあるだろう。 

                                 (立命館大学)