ニュースレター第60号巻頭言

男性文明原理と女性文明原理 安田喜憲

2016/04/06 14:07
広報委員(宮嶋)

 

 尖閣諸島の領有問題以降、香港の飲食店には「本店不接待 日本人和狗」という看板が掲げられた。つまり「狗と日本人はお断り」という意味である。2013年4月14日の朝日新聞朝刊に、山中季広氏が、今も中国人は日本人を狗以下にさげすんでいることを書いておられた。山中氏は「さげすむにもほどがある。」と書いておられるが、こうした日本人を狗以下の存在としてさげすむのは、今に始まったことではない。日本人を狗以下と中国人がさげすむのは、2000年前の邪馬台国の時代からなのである。 

 『三国志』は紀元220~280年の歴史を、陳寿が編纂したものだ。その巻30の魏志・東夷伝・倭人には「対馬国の大官は卑狗といい、副官は卑奴母離という」と記載されている。つまり対馬国の大官は卑しい狗で副官は卑しい狗以下の母だと書いてある。こうした倭人や倭族は長江以南に暮らしていた稲作漁携民の総称であった(1)。 

 私が注目したのは卑奴母離という副官の名前だった。この副官の名前は、対馬国のみでなく、一支国、奴国、不弥国の副官の名前にも使われている。 

 漢民族にとっては、父が大事で母は卑しい存在であり、母人という用語はめったに使わない。それは動物と同じきわめて蔑視の呼称だった。副官卑奴母離の名前は、漢民族が嘲笑とさげすみの強い意味を込めて呼んだものであろう。父権主義に立脚する漢民族の人々にとっては、女性中心の倭人の社会は動物以下の卑しい社会だったのである。魏志・東夷伝・倭人には、男性の文明原理を持つ畑作牧畜民が、女性の文明原理に立脚した稲作漁撈民の社会を見下し蔑視する姿勢が明白に語られている。なのに、そのことを問題にした邪馬台国の研究者はこれまで一人もいなかった。 

漢民族の周辺に暮らし、抜歯をする諸民族にとっては、命を生み出す母こそがもっとも重要だった。縄文時代は、もともとお母さんを中心とする母権制の社会だったが、そこに大陸から伝播してきた稲作もやはり長江文明の稲作漁撈民の歴史と伝統文化を受け継いだ、お母さん中心の母権制の社会だったのだ。 

 もともと長江流域に暮らし、稲作漁撈を生業にしていた人々は、4200年前の気候変動によって北方からやってきた畑作牧畜民に追われ、貴州省や雲南省の山岳地帯や、台湾、さらには日本列島に逃げてきたのである(2)。 

雲南省や貴州省、四川省の少数民族のなかには、今でも母権制の社会を維持している部族があった。貴州省のミャオ族のほかに、四川省のロコ湖の湖畔に暮らすモソ族もまた、母権制の社会を強く残している。モソ族の村を訪れたとき、やはり一番いばっているのはおばあさんで、おじいさんやお父さんは小さくなっていた。 

 日本にも古来から女性優位の風習や習慣は多数ある。邪馬台国の女王は卑弥呼であるし、奈良時代には女帝が何人も出現した。さらに平安時代には、夫が妻の家に通う妻問婚が一般的だった。江戸時代の駆け込み寺は夫と離縁したい女性が逃げ込む寺でもあった。そうした女性優位の社会が、明治以降、近代西洋文明の軍隊のシステムを取り入れてから、いっきに男性中心の社会になった。 

 しかし、現代の家庭でも、財布の紐は全部、奥様が握っている場合が多い。日本にはまだ女性中心の社会の伝統が残っている。ヨーロッパ人はレディ・ファーストで女性を大切にしているが、それは女性は弱いから守らなければならないという思想からくるものである。キリスト教のイエスは男性である。もっと前のギリシャのゼウスも男性である。つまり、畑作牧畜のヨーロッパはやはり父権制の社会なのである。 

 これに対して日本の最高神、アマテラスは女性。同じ太陽神であっても、中国の炎帝は男性である。日本人は、やはり女性を崇拝する文明原理をどこかに有している。漢民族は父権制の男性文明原理を、日本民族は母権制の女性文明原理をどこかに維持しているのである。だからあわないのである。 

 サッカーの「なでしこジャパン」の活躍は象徴的だったが、私は、日本の女性は世界一だと思っている。いわば、日本が誇るべき部分である。市長さんや知事さんの半分は女性でいいと思っている。大学教授の半分も、女性がいい。それくらいの社会にしていけば、意外に新しい、戦争のない持続型の文明社会を構築できるかもしれない。 

 

*注:(1)鳥越憲三郎『古代中国と倭族』中公新書、2000年。 

 (2)安田喜憲『稲作漁撈文明』雄山閣、2009年。 

(東北大学大学院)