第2回比較文明学会研究奨励賞

伊東俊太郎賞

2009/02/01 17:01
広報委員(梅原)

○研究奨励賞選考経過報告 鬼頭宏 

 

 学会賞選考委員会(鬼頭宏・高橋誠一郎・原田憲一)は、2009年学会奨励賞を金子晋右氏に授与することを決定した。対象となった著作は『文明の衝突と地球環境問題─グローバル時代と日本文明』(論創社、2008年)である。 

 2部6章から成る本書は、現代社会が直面している「文明間の衝突」と「自然収奪的な文明と地球環境との衝突」の2つの問題を、経済学的な方法と文明学的な視点から考察したものである。それは、市場原理主義の貫徹を目論むグローバリズムに対して、世界はいかに対処するべきかという問題と、多くの文明が増加する人口を養うために森林を農地に変えて地力を奪い、結局は大地を不毛化させて滅んでしまったにもかかわらず、現代文明もまたかつてない規模と速度で森林を破壊し大地を不毛化させているという問題である。著者は、多文明の共生と、文明と地球環境との共生という二重の共生を実現させる方策として、文明間の衝突をもたらすゼロサム思考から脱却するとともに、誰もが互いに利益を得るプラスサム関係の構築を提言している。 

 本書において高い評価に値する点は、キリスト教の終末論を意識したマルサスの人口論に関する部分である。地主層の利益確保のために、食料の安全保障を口実に、穀物を自由貿易の例外にして保護すべきだと主張したマルサスの考えの問題点について明快な指摘がなされる。 

 また、「環境、人道、経済社会、生態系扶養能力」という四要素に基づいて諸文明を比較した上で、積極的な植林事業による生態系扶養能力の向上とリサイクル社会の実現によって、人口抑制と環境保全に成功し、人道的な社会を永続させた江戸時代の日本文明の意味を指摘した第6章も示唆に富む。 

 ただし、これまでに著者が関与してきた研究組織における報告をまとめた著作であるために、各章のつながりがかならずしも明確でなかったり、質の異なったものであったりする。今後の課題として、諸文明が江戸時代の経験をどのように現実に受け入れれば良いのか、また生かしうるのかという側面について、学問として「共生」をめざす比較文明学に、「他者の視点」からも考察する歴史的視野の広さも求められるのではないかと思える。 

 議論を呼ぶ点は多々あるものの、幅広く文献を読み込んだうえで文明の衝突の問題を真摯に考察したスケールの大きな構想と現代的な問題設定は、比較文明学を志す多くの若手研究者にとってよい刺激となりうるだろう。今後のさらなる発展を期待して、本書は研究奨励賞に値するものと判断した。 

 この数年、学会の研究奨励賞授賞の実績がなく、久々の授賞である。比較文明学を担う研究者の育成のために、将来有望な若手研究者に対して授与するという本賞の趣旨をご理解いただき、会員諸氏の活発な推薦をお願いする次第である。 

 

○受賞の言葉 金子晋右 

 

 この度は、栄誉ある比較文明学会研究奨励賞を賜りまして、心より御礼申し上げます。受賞対象の拙著『文明の衝突と地球環境問題─グローバル時代と日本文明』(論創社、2008年9月)のテーマは、21世紀の人類が直面している2つの難問、すなわち、文明間の衝突と、地球環境破壊を、いかに回避するのか、というものです。文明間の衝突は人間同士の衝突、地球環境破壊は人間と自然環境との衝突、と言い換えることもできます。 

 この2つの衝突を同時に回避するのは、人類が文明を構築して以来、すなわち、西アジアの現在のイラクで、シュメール人が人類最初の都市文明を築いて以来、非常に大きな難問でした。シュメール人が残したギルガメシュ叙事詩を、そうした視点から分析した結果(同書第5章)、彼らは、森林保護や環境保全という選択肢があることを知りながら、その選択肢を選んだ場合、現在生きている人間達の命を奪うことになるため苦悩し、結局、環境保全を断念して自滅の道を選択しました。つまり、現在世代のために、将来世代の存続を断念したのです。その結果、かつて緑の森に覆われていたイラクの大地は、食料増産・農地拡大のための森林破壊により、現在のような荒涼とした沙漠が広がる大地となってしまい、シュメール人が築いた諸都市は、消滅してしまったのです。 

 では、将来世代の存続のために、環境を保全して現在世代に犠牲を強いた場合、いったい何が起きるのでしょうか。それは、ゼロサム思考による現在世代内での衝突です。自分の利益確保のため、誰かに犠牲を押しつけようとして、人間同士が衝突するのです。一国内での押しつけあいは階級闘争や内乱となり、国家間で押しつけ合えば国際紛争となります。そして、その犠牲を異教徒や他文明に押しつければ、文明間の衝突となります。 

 先頃、地球温暖化問題と温暖化ガスの排出量の制限をめぐり、COP15という国際会議が開催されましたが、同会議で鮮明となったのは、国家間での犠牲の押しつけあいと、それに伴う混乱、および結論の先送りです。二酸化炭素地球温暖化説に対しては、近年、いくつもの反論が著名科学者から提示されていますので、COP15の前提自体が脆弱なのですが、それはさておき、現在世代内での犠牲の公正な配分が、いかに困難であるかを、同会議の結果は、如実に示していると言えましょう。 

 では、我々はどうすれば良いのでしょうか。この2つの難問を高い水準で解決した人類史の希有な例として、近世日本があります(同書第4、6章)。戦国時代のゼロサム思考を脱し、プラスサム思考へと転換することで、平和と環境保全を両立させたのです。従来の社会科学の諸理論は、欧米諸国の社会や歴史的事例をモデルに構築されてきましたが、今後は、近世日本をモデルに新たな理論を構築すべき時にきている、と言えましょう。 

 

(東京工業大学世界文明センター・フェロー、城西大学非常勤講師)